0 原典を読みたい・ラテン語の勉強

スヴェーデンボリの著作はご存じのように近世ラテン語で書かれています。近世ラテン語はネオ・ラテン語とも言われ、中近世のヨーロッパで使われたおもに学問の世界での「公用語」でした。すなわち、論文はこのラテン語で書かれました、デカルトやニュートンもそうです。なので、当時は学問を学ぶとはラテン語を学ぶのと同じことを意味しました。

英語に「グラマースクール」という言葉があります。これは16世紀に創立されラテン語とギリシア語を主教科としましたが、その後、古典語・現代語・自然科学などを中心とする一般教育を行なう大学進学準備の公立中等学校のことです。ここからは、古典語の「文法」を学ぶことが、基本であったことがわかります。

さて、「スヴェーデンボリの著作の原典を読みたい」という人はけっこういます(柳瀬氏も学んでいます、それでも翻訳する上で、原典を参照することはありませんでした)。そして、私は挫折した人も知っています。私も、読みたいと思いました、でもどうにもなりませんでした、私も挫折しかけていました。

1 私自身のラテン語とのかかわり

私がこれまでラテン語とどのようかかわってきたのか、主な出来事を以下に概略を示しておきます。晩学であり、遅遅たるものであることがわかるでしょう。

1984年 10月 研究社『羅和辞典』入手(37歳)
91年 8月  『結婚愛』などの原典入手 次の2でその詳細(44歳)
93年 9月 『天界の秘義』『黙示録講解』などの原典入手
93年 12月 小林標『楽しく学ぶラテン語』入手、最大の良書。
94年 5月 チャドウイック『レキシコン』入手 次の4でその詳細(47歳)
97年 1月 原典対訳を含む月刊研究誌『荒野』創刊(50歳)
 2002年 1月 『スヴェーデンボリのラテン語』出版(55歳)
2011年 10月 『スヴェーデンボリ レキシコン』出版(64歳)

 

2 原典とラテン語文法書(本書)に出会う

1991年6月、ジェネラルチャーチの大会に参加しましたが、その前にブリン・アシン(ジェネラルチャーチの本部のあるフィラデルフィア郊外のコミュニティー)に立ち寄りました。そこで『神の摂理』と『神の愛と知恵』が合本となったものと『結婚愛』の原典、また他の著作など、それと一緒に本書ドール師の『AN INTRODUCTION TO SWEDENBORGS THEOLOGICAL LATIN』(原題名)を買い付けました(船便で送ってもらったので、入手したのは8月末です)。

それ以来、本書でラテン語を勉強しました。ここでわかったのは、学ぶにも手段(方法)がまずかったら、どうにもならない、ということでした。例えて言えば、料理をするのに包丁でなくナタやノコギリでは、どうにもならない、ということです。

3 神学著作を読むために特化した文法書

古典ラテン語(キケロやセネカ)の文法規則(ナタやノコギリ)をいくら学んでも無駄が多く、スヴェーデンボリ特有の表現法(包丁)を知らなかったら手に負えません。本書はごく一般的な例文を除いて、用例はスヴェーデンボリの文章からであり、翻訳のための練習問題もそうです。そしてスヴェーデンボリが多用した表現法に焦点が当てられて書かれています。説明は省きますが、「相関文」と言われる構文はその最たるものでしょう。

著作を読むのでしたら本書から学ぶのが最善であり、最短コースです。

4 『スヴェーデンボリ レキシコン』を得て、翻訳を始めた。

「文法」がわかっても読むことや翻訳することはできません。『辞書』が必要です。チャドウイックの『レキシコン』を得た時、私は歓喜しました、まさに求めていた辞書でした。この辞書にはスヴェーデンボリが使用した語はすべて載っています(そして余分な語は一つもありません)。また、語義だけでなく、その用例も載っています(辞書を使った人なら、用例のほうが重要だとわかっているでしょう)。

この辞書を得て、私は翻訳に踏み出すことができました。そして『荒野』を始めました(荒野の内容は原典対訳とスヴェーデンボリ叙事詩がおもなものでした)。

5 私の取り組んだ方法、勉強法は訳してしまうこと

『荒野』を出しながらも、文法をもっとよく学ぶために本書の翻訳を始めました、すなわち、翻訳することで理解が完全なものとなるからです。『レキシコン』もそうです、これを使用して翻訳しながらも、この辞書を翻訳することにしました。これは自分のためでもあり、原典を読みたいと思っている他の人のためでもありました。原典を読む人が一人でも多くなる、これが、日本でのスヴェーデンボリ研究の底上げにつながると確信しています(本号「スヴェーデンボリ出版設立のいきさつ」の記事参照)。

6 本書の著者の「まえがき」より

本書の意図は、学習者がスヴェーデンボリのラテン語の基本的な構文と基本的な語彙を、教師の助けとともに、一歩一歩と1年間で把握できるように述べることです。

このことを達成するため、語形変化から語形変化へと進む伝統的な配列から離れ、最も頻繁に出てくる形から始めることにしました。この方針によって,極めて初期のうちに,最小限に変更した実際の文を導入することが可能となります。また,1年間の課程のうちに、最も頻繁に出てくる形が、最も見られることになります。……

この学習法で前提となる基本的なものを「序論」に概説しておきました。言語学上の規則をよく知らない学習者は、この序論の内容を注意深く学んで理解しておくべきです.そうでないと,その後,各章で統語(文章構成)上の現象が出てきたとき、捕らえ所のないものに思えてしまいます。

私(ドール)が本書を著わそうとの衝動に駆られたのは、何年もなれ親しんだ〔英訳の〕の翻訳文の後に、スヴェーデンボリの神学著作中の生き生きとした単純で明快なラテン語に出会ったからでした。善かれ悪しかれ、学習者がこの明快さを認めることができるようになるには、その前に十分な量の詳細な知識を習得しなければなりません。しかし、その報いは、必要とされる努力をはるかに上回ります。なぜなら、いったん“概念伝達”の仕組みが把握できれば,その仕組みを乗り越えて、そこには心と意味の直接の出会いがあるからです。このことを共有してほしいと願っています.

7 ここで15年ぶりの改訂版

前記「1」のように15年前に日本新エルサレム教会内の「ぶどうの木出版」から本書を300部作成しました。でもいろいろな都合から行き渡ったのは100冊たらずでしょう。ある意味、まぼろしの文法書です。

ここでこの改定版を新たにスヴェーデンボリ出版から出すことになりました。月日の流れを長くも短くも感じます。 

(2017年3月発行『SPSC会報』第 14号掲載記事/執筆者:鈴木泰之)